第2回学会賞

2008年、以下の方々に第2回学会賞が授与されました。

学術賞

吉原賢二会員 “Discovery of a New Element ‘Nipponium’: Re-evaluation of Pioneering Works of Masataka Ogawa and His Son Eijiro Ogawa” Spectrochimica Acta (2004)およびその他の関連著作

論文賞

川島慶子会員「マリー・アンヌ・ラヴワジエ(1758-1836)-二つの革命を生きた女-」『化学史研究』第31巻(2004): 65-95

馬路泰蔵会員「白川郷における江戸時代の硝石生産に関する技術史研究1-3」『化学史研究』第32巻(2005): 75-84; 137-143; 第33巻(2006): 1-14

特別賞

芝哲夫名誉会員

詳細は、会誌第35巻第4号(2008.12)掲載の会報(244-247頁)に掲載されていますが、以下に一部省略しつつ転載します。

学術賞

吉原賢二会員 “Discovery of a New Element ‘Nipponium’: Re-evaluation of Pioneering Works of Masataka Ogawa and His Son Eijiro Ogawa” Spectrochimica Acta (2004)およびその他の関連著作

選考過程

 本賞は、わが国の化学史研究に多大の功績があったと認められる本学会員の作品に対して与えられるもので、今回の第2回については、2001年7月1日から2007年6月30日までの6年間に公刊された作品が対象となった。

 「学会賞に関する内規」に従って、2007年の第2号の『化学史研究』に募集の会告を掲示し、2007年7月1日から8月31日まで推薦を募集した。しかし、第2号掲載の会告に学会賞の対象作品の期間の表記に誤りがあったので、募集期間を10月31日まで延長した。その結果、期間中、三人の会員から推薦があった。

 審査委員会は、内規に従って、理事3名と理事会以外の会員2名から構成し、2008年3月1日に審査を行った。審査の結果、上記の吉原賢二会員の著作が、学術賞に選ばれた。

授賞理由

 日本の明治・大正期の化学者小川正孝(1865-1930)が、1904-05年のロンドン滞在中にラムジーから提供されたセイロン(スリランカ)産の鉱物から発見し、1908年に論文として発表した新元素「ニッポニウム」は、従来、「幻の元素」とされてきた。それは、小川自身がニッポニウムを43番元素とし、その43番元素がのちに地球上にほとんど存在しないテクネチウムとして発見されたゆえである。しかし、吉原氏は、既発表のデータの再検討と新史料の発掘の結果、これが周期表上で43番元素の一周期下の75番元素であることを証明して、国内外に大きな衝撃を与えた。学術賞の直接の対象となったSpectrochimica Acta誌の論文は、小川のニッポニウムが実はレニウムであったということを実験的に証明した論文である。吉原氏は、小川の遺品にあったX線スペクトルの写真乾板の解読に成功し、ニッポニウムが、当時未発見であったレニウムであることを明快に証明した。この論文を含めた一連の関係の論著や多くの講演で、この事実を広く知らせ、小川正孝の化学者としての業績の決定的な再評価をもたらした。このように、小川の「ニッポニウムの発見」の徹底的な再検討から新事実を突き止め、小川の再評価を行い、その評価を広めたことは、化学史上の大きな業績と認められ、審査委員会は吉原氏に学術賞を贈ることを決定した。

論文賞

川島慶子会員「マリー・アンヌ・ラヴワジエ(1758-1836)-二つの革命を生きた女-」『化学史研究』第31巻(2004): 65-95

馬路泰蔵会員「白川郷における江戸時代の硝石生産に関する技術史研究1-3」『化学史研究』第32巻(2005): 75-84; 137-143; 第33巻(2006): 1-14

選考過程

 本賞は、『化学史研究』に掲載された論文または諸論稿から最優秀のものに対して与えられるもので、今回の論文賞は、2004年から2007年の四年間、合計16号分の『化学史研究』に掲載された論文または諸論稿(特集などの論稿)の中から、編集委員会が認定した作品を対象として、評議員全員による郵送での投票によって審査した。

 20081月初めに評議員に採点表を送付して、第1位5点、第2位3点、第3位1点で各論文の評点を記入の上、331日を締め切りとして採点表を返送してもらった。期日中に20名の評議員から応答があり、20名中1名は棄権、2名は白票、17名が有効票であった。過半数(評議員は審査時には31名だったので、過半数は16名)の有効投票をもって審査を有効とすることに昨年(2007年)の評議会の申し合わせで決まっていたので、今回の審査は有効となった。投票の結果、上記の川島慶子会員の論文と馬路泰蔵会員の論文が18点の同点を獲得して一位となり、理事会でこの二論文を論文賞受賞論文とした。

特別賞

芝哲夫名誉会員

選考過程

 本賞は、本学会の活動や我が国の化学史研究の進展に対して多大の功績があったと認められる個人または団体に対して贈られるもので、理事会が提案し、理事会が審議・審査を行う。化学史学会理事会は、第2回学会賞の「特別賞」を芝哲夫名誉会員に授与すると決定した。前回は、特別賞の授与はなかったので、今回が最初の特別賞の授与となった。

授賞理由

 化学史学会(当時の名称は「化学史研究会」)が創立したのは197312月のことだが、芝哲夫氏は、翌年1974年早々に入会した最初期からの会員であるとともに、1991-98年には会長を務め、現在は名誉会員であり、これまで本学会の活動に対して多大の貢献があった。とくに日本化学会の化学史関係の展示や発表、化学アーカイヴスなどを通して化学史学会と日本化学会の橋渡し役として重要な役割を果たしてこられた。さらに下記のような化学史研究にも長年に渡り多くの業績を積み重ねてこられ、著作や各地での講演などで化学史の啓蒙・普及活動にも継続的に努めてこられた。以上のような芝会員のこれまでの活動を評価して、理事会は今回、特別賞を授与することに決定した。

 芝哲夫名誉会員は、1924年(大正13)6月17日に広島県尾道市に生まれ、19469月に大阪帝国大学理学部化学科を卒業した。大学院特別研究生を経て19504月に大阪大学理学部助手になったあと、1960年から二年半にわたってアメリカの国立衛生研究所(NIH)で客員研究員として研究したのち、助教授(1962)、教授(1971)となり、19883月に退官(名誉教授)した。すぐに財団法人蛋白質研究奨励会ペプチド研究所所長になり現在に至っている。その間、化学史学会会長のほか、日本化学会近畿支部長(1979)、日本化学会副会長(1983)、関西日蘭協会会長(2006)などの要職を務め、20084月には日本化学会名誉会員に選ばれた。1981年には「生体機構解明のためのペプチド、糖に関する有機合成研究」で日本化学賞を受賞している。

 化学史学会には、すでに述べたように創立の翌年早々に入会し、1983年には大阪大学理学部で1015日・16日に開かれた化学史学会年会を企画・運営した。1991年には化学史学会会長に就任し、1998年まで務めた。会長時には、学会の財政建て直しのために維持会員制度の導入を提案して、10数社からの維持会費の納入を実現し、会の財政収支を補填する体制を整えた。また、1992-1996年には会員の総意により企画された化学古典復刻事業の準備のため化学古典研究会を立ち上げ、その準備金として三菱財団、アサヒビールより各100万円の寄付金を要請、受領した。これにより同研究会はこの間に数回開催され化学古典発刊の準備を整えることができた。1998年には、化学史学会20周年記念事業として『化学古典叢書』(川本幸民『化学新書』3巻、同『兵家須読舎密真言』2冊)の刊行に当り、製作を菜根出版に、その発売を紀伊国屋に斡旋、委託して刊行体制を実現した。

 同時に、日本化学会では、化学史関係の事業を行い、化学史学会と化学会との橋渡し役として重要な役割を果たした。すなわち、1991-2000年に日本化学会の要請を受け、日本化学会の化学会館(東京都千代田区神田駿河台1-5)3階の図書室において「化学の歴史に関する資料の展示」を企画し、8年間に18回にわたり展示を計画、依頼、実施の任に当った。2000年からは、同館1階ロビーにおいて同趣旨の恒久的展示ケースが設置されることになり、その最初の展示を担当した。早くから日本の化学史関係の資料を日本化学会として調査、収集、保存する必要性を訴えてきたが(すでに1983年に日本化学会として退職化学教授の業績記念誌を収集することを提唱したが、のちに化学遺産委員会の事業の一つとして実現した)、最終的に、2005年に日本化学史料調査、研究、保存のための化学アーカイブス委員会(2008年に化学遺産委員会と改称)が日本化学会の事業として発足したが、その当初からその企画に携わり、現在は同委員を務めている。

 1943年の大阪帝国大学理学部化学科に入学直後、大阪城西の地で「舎密局址」の碑を見て感銘を受けたのが動機となり、舎密局とそこで教えたオランダ人化学者ハラタマの調査が化学史研究のライフワークとなった。そこからの発展で日本化学史に関心をもち、(1)舎密局およびハラタマについての研究のほか、(2)宇田川榕菴資料の研究、(3)ポンペ化学講義録の発見と邦訳刊行、(4)日本化学者の事績研究などの業績がある。

記念講演

 2009年度年会において、芝名誉会員による特別講演「私の化学史研究―日本の化学の創生期―」が第2回特別賞受賞記念講演を兼ねて行われた。その要旨は、会誌第36巻(2009) 99-101頁に掲載されている。